過去の展示レポート
安喜万佐子展 「時の海・明日の地層」 Masako Yasuki Exhibition  Sea of Time, Future Strata

安喜万佐子展 「時の海・明日の地層」 Masako Yasuki Exhibition  Sea of Time, Future Strata 2022.4.12~4.28

CONCEPT・WORKS

「風景」にまつわる問いをめぐり、 「風景」の中から生成される、安喜万佐子の作品群--。
 近年の代表作が一同に並ぶ今回の個展では、2020年、ロックダウン直前のイギリスでの取材調査を経て取り組んだ、横幅4.5メートルの大作も初公開されます。
 洋の東西を跨いだ古来よりの描画手法を用い、精緻な筆跡を紡ぐことで独特の時空間を描き出す安喜万佐子の絵画は、観る者の身体にダイナミックに迫って来るでしょう。この機会に是非ご高覧ください。

-------
「安喜作品を見ることの幸せ」秋庭 史典(あきばふみのり・名古屋大学教授・美学芸術学)

 安喜さんの作品を見る幸せは、どこからくるのでしょうか。この問いに答えてみたいと思います[注]。
 以前、絵の幸せについて考えたことがあります[1]。そこで得たひとつのこたえは、絵が生き続けることの大切さでした。生命と同じく、コントロールできない外部との関わりのなかで、常に壊れ続けそして修復され続けていることが絵の幸せなのだ、と。
 ですから、生命のように「明滅」するもの[2.3]、「築かれては崩壊」し「揺れ、移ろう」もの[2.1]に関わる安喜作品がわたしの心を打ったのは、ごく自然なことなのかもしれません。
 それだけではなく、安喜作品に見られるそうした揺動が、コントロールできない他なるものとの関わりから生まれていることも、わたしをとらえました。
 たとえば、「消失し〈変容した〉」街シリーズの作品は、訪れた街の地面(=そこに流れた長大な時間とそこに生きた無数の人々の記憶の痕跡)を写し取ったフロッタージュから生まれています[2.1]。また、あえて近代以前の東洋絵画の手法「描き残し」を甦らせたり(「松林図」)[2.2]、源氏物語絵巻や洛中洛外図のような日本の伝統的絵画スタイルを取り入れて時空間を多元化したり[2.3]、卵テンペラや胡粉さらには現場で採取した砂などさまざまな素材を組み合わせたりしてきたのも、他なるものの取り込みであると感じます。
 そのようにして、「西洋と東洋、時間と空間、遠くと近く」[2.1] といった「両極を往き来し」「入れ替えようとする」[2.2] 安喜作品は、ラスコー洞窟のような「絵画の始源」[2.3] にも、また「静謐さとざわめき」という視聴覚の交通から生まれた「玉響(たまゆら)なる荘厳」がもたらす「この世ならぬ世界」[2.4] にも比肩すべきものとされてきました。またそれは、災害やウィルスなど、コントロールできないものとともに生きるほかないわたしたちの明日を考えるうえでも、きわめて示唆に富むものとなるでしょう[2]。
 そうした読み取りができるのは、安喜作品が、類のない広がりと深さをもつもの、見るたびに新しい気づきをもたらす、名づけようのないものだからではないでしょうか。そこには、瞬きから地球の
生成にいたるまで、さまざまな時間が積み重ねられています。そんな安喜作品を見ることのできる幸せを、たくさんの方に感じていただきたいと思います。

[ 注] ただしその際、作品をわたしの思考に閉じ込めることのないよう、以下の文献からわたし以外の著者のことばを引き、わたし自身の枠組みに重ねていくことにいたします。

文献
[1] 秋庭史典(2020)『絵の幸福̶シタラトモアキ論』みすず書房
[2] 塩田京子 企画・編集(2021)『安喜万佐子Chaos from Order, Order from Chaos』galarie 16
[2.1] 河村亮(2021)「シッポを追いかける̶広大無辺の風景へ」
[2.2] 木下長宏(2021)「明滅する畏怖̶安喜万佐子の「松林図」をめぐる断章」
[2.3] 仲野泰生(2021)「安喜万佐子の絵画̶一人で絵画の始源を問うこと」
[2.4] 篠原資明(2021)「玉響なる荘厳̶ひとつの安喜万佐子論」
([2.1][2.2][2.3][2.4] はすべて[2] に収録)
-------

開場時間:10:00~19:00 ※最終日は17:00まで
休  廊:月曜
料  金:入場無料

*弊廊ホームページ「ARTIST」にて安喜氏の出品作を紹介しております(一部)。そのほかの作品についてもご相談承ります。

BACK